「誰も憶えていない事は、存在しない事になるのだろうか・・・」
夜、部屋を真っ暗にして、サラウンドアンプにWiiからの音声信号を接続する。
ほんの少しだけ間を置いて、信号が届いたアンプから「カチャ」という接続音がして、スピーカーからの低く唸るようなBGMが私の身体を包み込んだ。
今思えば、じめじめした夏の夜、ちょっとした暑気払いの肝試しのつもりだったのか-----
いや、もしかするとWiiリモコンを手にした女性がTVの前で絶叫する、あのコマーシャル映像を見たとき、既にその世界に魅せられていたのかも知れない。
夜中に一人で42インチプラズマテレビの前に座り、ドルビーサラウンドでこのゲームをプレーしようと思った理由を、今はもう、あまり思い出せない。
いずれにしろ、もう後戻りは出来ない。
私は確かめなければならない。
「あの時何があったのか。」
そして、
「失った記憶の先に何があるのか。」
198X年-----
本州の南に浮かぶ“朧月島(ろうげつとう)”の朽ち果てたサナトリウム(長期療養所)、舞台はいきなりそんな現実離れした空間から始まった。
懐中電灯を手に進む少女、海咲(みさき)。
その後に続くもう一人の少女、円香(まどか)。
二人がここに来た理由は友人の死。
「次は私たちの番だから。神隠しにあった5人が、順番に・・・」
そんな海咲の言葉をさえぎる円香。
その時、海咲の後姿に重なるように、ノイズとともにフラッシュバックする記憶の断片。
連れ去られる少女、かぶせられる仮面、倒れている着物姿の・・・
「もう、止めて!」
それは記憶の中での誰かの叫びだったのか、それとも円香が発したものなのか・・・
気が付けば海咲は歩き去り、円香はひとり、取り残されていた。
いや、あるいは現実世界から去ったのは円香の方なのかも知れない。
ただ、その場に立ちすくむ、円香。
その肩越しに同じ景色を見る私。
左手のヌンチャクの操作に合わせて彼女が歩き始めたとき、私も確かにそのサナトリウムの中に居た-----
静寂-----
海咲を探す以外にやる事などあるはずもなく、探し始めて間もなく廊下で懐中電灯を拾う。
Wiiリモコンの操作に合わせて、視線の先が照らし出され、シンクロ度は更に高まり、緊張が増幅される。
やがて、Wiiリモコンが放つ光はありえない人影を捉える。
看護婦?
いや、足が無い。
正気の沙汰では無い。
普通の人間の精神で耐えられる状況では無い。
しかし、円香はひるまない。
いや、人ではありえないと気づいていないのか、気づかないようにしているのか。
私にはこの状況で、平然としているようにすら見える、このやけに白い少女の無機質な背中が、恐怖そのものにも思えてくる。
「この程度の事は受け入れなければ先へ進めないよ。」
「こんなものじゃないから。」
その背中はそう言っている様にも思えた。
ああ、そうなのだ。
この子はずっとそういったものを見ながら、あるいは感じながら生きてきたのだ。
見えないものが見える。
その事と共に生きてきたと言う事実を、私も自分のこととして受け入れなければならない。
そうしなければ、先へは進めないのだ。
そして-----
私は再び歩き始めた。
おそらくは、思い出さない方が幸せな、その記憶を求めて。